見つけて見つけて。

いつか誰かの、ほんの少しでいいから役に立てますように。

あけまして

喉の奥に小骨が刺さったような気持ちで、

ブログを書くか、書かないか、書くか、書かないか。

毎日そんな状況でした。

 

2016年は、大好きな人が結婚し、幸せな報告を聞くことから始まりました。

2016年の終わりは、大好きだった人たちがばらばらになってしまった、

それを受け止めきれず、涙が止まらず、過ごしました。

それについて、何度も気持ちをまとめる方法を考えたけど、

どうしても見つかりませんでした。

書いても、書いても、気持ちを抑える方法が見つからないのです。

だから、まだ書きません。

 

大切な友人が、たくさん、たくさん幸せになる年齢になってきました。

毎日、毎日ゆっくりと母になる準備を進めています。

でも、私にはその喜びを、同じように喜んであげられる心の余裕がない。

それがすごく、つらい。

自分の、外見だけではなく内面の醜さを思い知らされる度に

どうして生まれてきてしまったのだろう、と

どうしてここまで生きながらえてしまったのだろうと、

後悔し、哀しくなります。

 

同じ年に生まれて、同じ学校に通って、同じ環境を過ごして、

私だけが、歪んで育ってしまったのだ、と思うと、

頭をかち割って思考回路を止めたくなるのです。

孤独を選んだのは私です。

きっと、誰かと一緒に生きていくチャンスも、

どこかにあったかもしれません。

それを手放したのは私です。

 

私は、私のプライドが憎くて、

身の丈に合わないブランド服に身を包んでいるような自分が許せなくて、

『選んで貰えない』のは当然なのに。

どんなに見た目を取り繕って、『並』レベルにしたとしましょう。仮に。

でも言葉の一つ一つ、選び方に性格や、内面は出るのです。

だから選ばれない。

 

愛されたい、と嘆くと、

「愛されるには、愛することが必要なんだよ」と諭されます。

何度も何度もそれを教えられて、

その度に私は、「私なりの愛を捧げてるのに、返してくれない」と怒ります。

私なりの愛、がいけないのに。

それはただ「あなたを好きなわたし」に酔ってるだけなのに。

…それに今更気がついたところで遅いのです。

 

だって私が愛を捧げられるような人は、

私のことを絶対にすきになってくれないから。

私のことを相手にするような暇があれば、

もっと若くて綺麗で聡明で育ちの良い子を捕まえるでしょう。

 

世の中、同じような金銭感覚の人と、パートナーになることが大事です。

そうじゃないと生活が成り立たないからね。

 

覚えてろよ。私と飲むとネタにされるぞ。

そう、ただひたすら疲れた飲み会に対して、吐き捨てることしかできない。

負け犬の遠吠えとはこのことですね…。

 

好きな人に好きになって貰える、少女漫画で当たり前に行われるようなことは

現実ではかくも難しく、実現不可能な夢であったか。

生きているということは、すなわち地獄に居ることですね。