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見つけて見つけて。

いつか誰かの、ほんの少しでいいから役に立てますように。

元気が出ない

タイトルまんまですよ。

気楽にブログなんぞやろーイエーイ

とか思ってたのに。

もっと最初は「よーしまめに更新して文才を身につけて

自分の文章を人に読んで貰えるように頑張るぞ!」

とか思ってもこれですよ。

はてなブログって1ヶ月更新無いと

「そろそろ更新してみませんか?」ってメールが来るんです。

優しいですね。

 

書きたい事はいっぱいあるんです。

でも、どれをどう書いて、どう説明したら良いのかが

わからないのです。

 

とても悲しい、寂しいお別れがありました。

今はただお疲れ様でしたと言うことだけ、本当にそれが

正解なのかもわかりません。

でもきっと彼の音楽はどこまでも生き続けるのです。

どこまでも声は届くのです。永遠にかき消されることはないのです。

 

もうひとり、同じ日に悲しい話を聞きましたね。

私は人との死別という感覚がこの年齢になっても実感がなく、

悲しんでいる人を見ては、そうだよね、寂しいね、と思うばかりです。

私は身内ではありませんから、何という言葉を言うのが正解なのかが

お恥ずかしながらわからないのです。

 

でも、どんなお仕事の方でも、何かを残されているお仕事です。

たまたま、歌を歌われていた方と、声でお仕事をされていた方の訃報でしたが、

他の仕事に就いていた方でも、

「何か」は残るんです、よね。

その人が身につけていた香りだったり、愛していた音楽だったり、

フレーズだったり、小説だったり、なんでも、

その何かと出会った時に、その人のことを思い出す、

そういうことが死による別れだと思うのです。

 

寂しいという気持ちは無理矢理に消そうとしても

消えるものではありませんし、

実際、もう何年も前に亡くなった友人のことを思い出しては、

未だに感情の整理がつかず、涙が出て来るばかりです。

無理に忘れようとするほうが無理なんです。

だってその人との時間はたくさんあったんだから。

だから、その人との思い出を大事に大事に胸に抱きながら、

毎日をゆっくり過ごす、そうすれば自然と苦しさは減る、

 

私はそう思っています。

 

つらいのは当然ですよって、

もし周りで苦しんでいる友達がいたら言ってあげてください。

誰かが居なくなるってそういうことだと思います。

 

と、最近よく、ラジオやらインタビューやらで

死別についての考え方を聞くので、私なりにまとめてみました。

私よりもたくさん生きて、別れを経験してる人達は

みんなそうして、時間をかけて、ゆっくりゆっくり

穏やかな日々に戻っていくようなので。

 

もし私が死んでしまっても、悲しんでくれる人なんていないと思うけど、

もし万が一友達が少しでも私の死を嘆くようであれば、

そうじゃなくて、「ああ、あいつはこのアイスが好きだったな」とかって

笑ってくれたらうれしいな。美味しいな、って食べてくれたり。

そんな風に思いだしてくれる、いい存在になれたらいいな。

私の小さな願望。