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見つけて見つけて。

いつか誰かの、ほんの少しでいいから役に立てますように。

20160922 SONGS/宇多田ヒカル

 

宇多田ヒカルさんが出ているSONGSを見ました。

アルバムがすっごくすっごく楽しみで、

やっと発売日が近づいて来てのSONGS。

 

いつもこの番組なんとなく見逃しがちなんですけど

タイミングがあって良かった。

 

お母さんのことがどう、「新しい宇多田ヒカル」に変えたかという話。

作詞は自分と向き合う時間であり、

人間活動、結婚や、そして子どもを産んで育てるということ。

子どもの存在が、自分とまた母親を繋ぐ一つのものになる。

 

私は宇多田ヒカルさんの曲が凄く好きで、

それは番組内で「苦しそうに歌う」というのもなんとなくわかるし、

そしてなにより「強がっている女の子」に惹かれていたんだなぁ。

自分がなりたくて、近づきたくて、寂しさには共感して、憧れて。

 

そこから解放されて、今度は母として、等身大になって、

もっともっと素直にさらけだすというのはきっとすごく苦しいことで、

でもその曲、3曲とも全部胸を全部掴まれた。

あの…レモン果汁絞る感じのギューーッて感じ。笑

聞いていて苦しくて、痛くて、でも、やっぱり好きなんです。

好きの種類を上手く言えないけど、

ああこの人は人間活動というものを経て色んな事を体験して見て、

それはいいことばかりではなかったにしても、

だから今は生きているよということを、伝えてくれてるんだなと思った。

 

そういう受け取り方をした私が正解かどうかはわからないけど、

発売日までは、昔の曲をたくさん聞いて備えて待っていようかなと思います。

 

でも見たらすごく「淋しい」という感情がうごめいてしまって、

今とても寂しいんですけどね。なんだろうこれ。

 

もっと自分に向き合えということかな。たくさん言葉を綴りたいなと思いました。

 

子どもを産むという選択肢がその人に正解か不正解かなんてわからないけど

(事情があって産めない人もいるし、せっかく産めても虐待してしまう人もいるし)

でもきっとこの人には子どもがいてくれて、来てくれて良かったんだと思う。

ありがとう。戻ってきてくれてありがとう。

私に『宇多田ヒカル』を与えてくれてありがとう。

 

『望まれた宇多田ヒカル』という言葉に、重さを感じてしまった。

ファンです、新曲楽しみにしていますなんて言うのは簡単だけど、

作り手からしてみたらすごく困る言葉だったのかもしれない。

だったらそれは撤回しないといけない。

どんなアーティストも、どうやって応援するのが正解かわからなくて

困っているけど。ファンレターなんて迷惑なんじゃないかなとか、色々。

それでも、やっぱり言いたいのは、

「この曲に出会わせてくれてありがとう」ということを伝えられたらいいなぁ。