読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

見つけて見つけて。

いつか誰かの、ほんの少しでいいから役に立てますように。

自分を許せない

自分を許してあげること

とても大事なこと

 

よくいろんな本に書いてありますね。

何なんだろう、自分を許してあげることって。

全身が重たくてめまいもして、眠くて眠くて仕方なくて

そんなぼろぼろの状態で出勤して、

お腹も痛くなったりして、

「やる気が無いのか」と怒られて。

当然ですね。やる気なんて、どこからも沸いてきません。

 

楽しいことは頑張れば出来ます。

遊ぶことに対しては、出来ます。

 

だから甘え。

 

時間は信用です。

自分の信用を削って削って、

己を「クズだ」と責めて、

他人から「クズだ」と責められて、

無価値だと、そういう扱いをされて

 

いったいあと何年こんな人生が続くのでしょうか。

「死にたい」という悩みには

「じゃあ死んじゃった方がきっと楽になるよ」

と言うことしかできません。私は実際そう言いましたし、

もし私が直接誰かにその言葉を投げかけるときは

肯定して欲しいと思います。

 

生きていても誰かの迷惑になるし、

死んでしまっても一瞬は誰かの迷惑になるんです。

人生って地獄ですね。

 

よく「いじめられたら、とにかくしなないで、

どんなにみっともなくても逃げて」と言われますが

逃げられる環境なんて、本当に僅かだと思います。

 

自分の子どもがいじめられて驚かない親はいないでしょう

(まともであれば)

どうか逃げ場所を用意してあげてほしいって思います。

逃げたくても言えないんです。

逃げられないんです。

どうにもならないんです。

 

そうやって生きてきて、今もなお、

「ああ、今ここで再会したらきっと人生終わってでも

私の心を傷つけたやつをぼろぼろにしてやりたい」と

恨む心だけで生きてる人間がここにいます。

 

すごく苦しいです。

誰かのことを殺したいほど憎むというのは本当に苦しいです。

イジメのニュースを見る度に言ってあげたい。

大人は味方になってくれません。

親も、自分の望み通りに味方になってくれるわけではありません。

だからもし死んじゃいたいと思ったら、

絶対にインターネット上と、自分の学校にも、自分の市の教育委員会にも、

国の偉い人、誰でもいいんですけど、

とにかくされたことと、いじめてたやつらの名前を書きましょう。

一番怖いのはもみ消されてしまうことです。

 

インターネットに名前を書いたら、そいつがもし少しでも

ちょっと変わった名前だったりなんかしたら、

後々の人生に関わってきます。

 

当時の私はブログとかサイトもやっていたけど、

それはあくまで趣味で、趣味の創作が楽しくて楽しくて

それがあったから頑張れました。

復讐しそびれました。だから今後悔してるんですけど。

 

社会人になってから、趣味がつらくて仕方なくなりました。

頭がぼーっとするんです。時間もあっという間になくなってしまう。

自分を幸せにするために、自分のために創作をするはずなのに

そんなことをしても意味がないと思ってしまうのです。

 

どうしてこうなっちゃったんだろう。

 

「どうしてこうなっちゃったんだろうね」と、

人生を振り返って、改めて言われた時、

「どうしたらよかったと思う?」と

問いかけられた時、

ただ涙しか出ませんでした。

誰かがわかるなら、教えて欲しい。

私がどこをどう頑張ったらよかったのか、

いまからでも取り戻せる部分があるなら教えて欲しい。

教えて欲しいです。

どうして人は嘘をつくんだろう。

「恋人・または配偶者の携帯を見る行為」

したことは当然ありませんが、

親の携帯を盗み見た経験はあります。

褒められた行為でもなければ、

読んだところで嫌な思いしかしない、忘れられない、呪いのような行為でした。

悩んでるぐらいならしないほうがいい。

知らない方がいいことだってきっとある。

 

人はどうして嘘をつくんでしょうね。

嘘はついてはいけない、と教えられます。

悪いことをしているのにしていない、と

怒られないために嘘をつく。

誰かをかばうために嘘をつく。

自分のプライドを守るために嘘をつく。

相手を傷つけない為に嘘をつく。

 

いろんな事情があるんでしょう。

でも「ああ、この人は嘘をついているんだな」と

わかってしまった時、

その人に対してのがっかり感は、一生ついてまわります。

何かする度に、「嘘をついているかもしれない」

何か言う度に「これも嘘かもしれない」

 

何を言っても、嘘に思えるのです。

だって結局、嘘を突き通すためにまた嘘を重ねなくちゃならないから。

嘘を嘘で塗り固めていつか本当のことになるなんていうけど

 

嘘は嘘です。

 

ずっと嘘にしかならないなんて残酷だ。

 

私もいろんな人にいろんな嘘をついている。

誰にどんな自分を見せているかがわからなくなってきてしまった。

「嘘をついている自分」に反吐が出るけれど

何で嘘をつき始めたのかも忘れてしまった。

 

私もまた、信用できない人物のひとり。

ドラマとか見てると

いろんな台詞に出会う訳じゃないですか。

 

最近よく家族だとか夫婦だとか

そういうキーワードのドラマに遭遇して

家族愛とは 夫婦の間柄とは 親の愛とは。

 

ドラマの台詞は脚本家さんの思いが詰まっているものだから

その人の思いがたくさんあふれているわけですよね。

 

それを演じる方が受け止めて、言葉にして、

音楽をつけたりカメラワークを調整して

テレビに流れて、私に届くわけですよね。

 

ニュースとかいろんないろんな事件が聞こえてくるわけですよね。

 

こうしましょう、ああしましょうって

推奨される道があるわけですよね。

答えはないのに。

「若いうちに○○しましょう」とか。

 

極端な話、

「親は一番に愛してくれてて絶対の理解者だから、

親に恩返しをしなくてはならない」とか。

 

本当にみんながみんなそうだったら

虐待なんておきないし、

親しかいないちっぽけな世界で生きてきた子たちが

それでも親を求めながら命を失うことなんてないはずなんですよね。

 

この世には絶対的に

「親になってはいけない人」がいると思うし

「親になっても、何歳になっても、親の自覚がない人」がいると思うし

「子どもよりも、自分が一番」だと思っている人もいる。

 

そういう人の元に育って

親だけ、親だけがいればそれでいいのにって思わされて

それが無くなったとき、じゃあどうしたらいいんでしょうね。

 

この年で考えるようなことでもないのに、

そんなことばかりをずっと考えている。

 

誰にも必要とされないのに生きているのってつらい。

 

「愛して欲しい、っていうならまず自分から愛さなくちゃ」っていうけど

どうしたらいいんだろう。好きだって伝えても届かないのに?

愛して欲しいって思うことってそんなに変なことなんだろうか。

自分を見て、自分を認めて、私を私だと認識してくれて、

別に何か特別なことを求めているわけでもなくて、

お金だとか極端な話じゃあどうでもいいから、

絶対に私を捨てないで、なんて

 

約束出来る人、居るわけない。

親ですらできないこと、他人にできるわけがない。

 

○○してくれたら代わりに必要としてくれるって、

そういう契約があればいいのに。

望むことがあるなら言ってくれればいいから、

かなえられるように努力するから、

じゃあ捨てないで、って。ただそれだけなんだけどな。

 

無償の愛なんてこの世に存在しないのかな。

王子様っていないらしいですよ。

 

少なくとも私みたいな人間の元には、

王子様どころか従者どころか馬車も、ガラスの靴すら、

魔法使いすら来てくれないんですよ。

悲しいですね。

 

きらきらした笑顔を見る度に、

何も努力せずにただただ息だけして生きてきた自分の無価値さとかを

痛感させられて、勝手に傷ついてる。

なんて身勝手な人間なんだろう。

仕事が嫌で嫌で

 働いても楽しくないし

承認欲求が強いのに、誰からも求められないし

(それはまた、誰のことも求めてないからだけど)

仕事が楽しいかどうかとか思ってしまう時点であれだし

 

病気で休める人っていいなってちょっと思っちゃう。

この間のサザエさんのカツオくんみたいだな、風邪で休めるのいいなーって

30手前になってもそんなことを思ってしまう。

健康なのは良いことなのに、

不健康が羨ましい。

 

なーーーんにも頭が働かないんです。

悲しいな、苦しいなという気持ちは思うけど

楽しいな、という気持ちが薄れている。

アニメ見たり漫画読んだりドラマ見て

こころを揺り動かされても、

次の瞬間、真顔になってる自分が居る。

 

どこに逃げたら楽になれるんだろう。

もうカウンセリングしても話せることがない。

 

私が聞いて欲しいことは、こどもがお母さんに

「今日なになにがあったよ」とかそんなレベルで、

それを未だに求めている自分にも寂しさを感じるし、

そのストレスを会社に持ちこんで

会社でずっと先輩にねぇねぇって言ってる自分も嫌だ。

 

友達に話したい訳では無い。

 

お母さんが欲しい。

 

おかしいね、周りはみんな『お母さんになっていって』

私はお母さんという存在が欲しいのか。

絶対的な母という、私を肯定してくれる

そんな理想の母親が欲しかった。

人間だもの、そんなものはいない。

 

私が生きててそれを許されるように思えるような、

そういう自己肯定力を身につけさせて欲しかった。

何よりも、どんなスキルよりも、生きていく上で必要だよ

 

毎日ばかみたいに自分を卑下して、それもつらくて、

でもやめられなくて、しんどくて、誰のせいでもない

自分のせい、自分が悪い、自分がいなくなってしまえば

何もかもうまくいくはずなのに、

仕事を辞める勇気がない。

明日も仕事。

寂しさを紛らわせる誘惑

課金をするだけ無駄、課金をするなんてばかばかしい、

そしてそのせいで生活がぼろぼろになってしまったら

元も子もない。

 

わかっています。そんなことは。

というか私が一番、課金する人を軽蔑していたんです。

何も残らないものに投資するぐらいなら

せめてまだアクセサリーとか、服とか、バッグとか。

そういうものを買った方が絶対ましだと。

だってガチャを回しても、友人には欲しいキャラが来ても

私のところには来ないんですもん。

 

そんなこんなでやめてしまうソシャゲーがたくさん。

ランキング報酬なんてもってのほか。

ガチャは出ない。

 

…今、せっせと毎月ウン万課金してイベントを走っている私。

今月始まったばっかりなのに、もう驚くほどのお金をつぎ込んで、

それでも希望の順位になれない私。

 

物欲だけが私を現世に留める理由なんです。

きっと物欲がなくなったら、この世に未練なんてなくなってしまう。

 

精神的にも、体力的にももうぼろぼろです。

課金はおすすめしません。

あけまして

喉の奥に小骨が刺さったような気持ちで、

ブログを書くか、書かないか、書くか、書かないか。

毎日そんな状況でした。

 

2016年は、大好きな人が結婚し、幸せな報告を聞くことから始まりました。

2016年の終わりは、大好きだった人たちがばらばらになってしまった、

それを受け止めきれず、涙が止まらず、過ごしました。

それについて、何度も気持ちをまとめる方法を考えたけど、

どうしても見つかりませんでした。

書いても、書いても、気持ちを抑える方法が見つからないのです。

だから、まだ書きません。

 

大切な友人が、たくさん、たくさん幸せになる年齢になってきました。

毎日、毎日ゆっくりと母になる準備を進めています。

でも、私にはその喜びを、同じように喜んであげられる心の余裕がない。

それがすごく、つらい。

自分の、外見だけではなく内面の醜さを思い知らされる度に

どうして生まれてきてしまったのだろう、と

どうしてここまで生きながらえてしまったのだろうと、

後悔し、哀しくなります。

 

同じ年に生まれて、同じ学校に通って、同じ環境を過ごして、

私だけが、歪んで育ってしまったのだ、と思うと、

頭をかち割って思考回路を止めたくなるのです。

孤独を選んだのは私です。

きっと、誰かと一緒に生きていくチャンスも、

どこかにあったかもしれません。

それを手放したのは私です。

 

私は、私のプライドが憎くて、

身の丈に合わないブランド服に身を包んでいるような自分が許せなくて、

『選んで貰えない』のは当然なのに。

どんなに見た目を取り繕って、『並』レベルにしたとしましょう。仮に。

でも言葉の一つ一つ、選び方に性格や、内面は出るのです。

だから選ばれない。

 

愛されたい、と嘆くと、

「愛されるには、愛することが必要なんだよ」と諭されます。

何度も何度もそれを教えられて、

その度に私は、「私なりの愛を捧げてるのに、返してくれない」と怒ります。

私なりの愛、がいけないのに。

それはただ「あなたを好きなわたし」に酔ってるだけなのに。

…それに今更気がついたところで遅いのです。

 

だって私が愛を捧げられるような人は、

私のことを絶対にすきになってくれないから。

私のことを相手にするような暇があれば、

もっと若くて綺麗で聡明で育ちの良い子を捕まえるでしょう。

 

世の中、同じような金銭感覚の人と、パートナーになることが大事です。

そうじゃないと生活が成り立たないからね。

 

覚えてろよ。私と飲むとネタにされるぞ。

そう、ただひたすら疲れた飲み会に対して、吐き捨てることしかできない。

負け犬の遠吠えとはこのことですね…。

 

好きな人に好きになって貰える、少女漫画で当たり前に行われるようなことは

現実ではかくも難しく、実現不可能な夢であったか。

生きているということは、すなわち地獄に居ることですね。

健康ってなんだろう。

ブログに書きたいこと、たくさんある。

話したいこと、聞いて欲しいこと、

吐き出したいこと。

 

でもだいたいは時間がなくて、

時間がないというか、まあほんとうにだらだらしちゃって、

ブログを毎日書くことすらできない、

私はなんてだめ人間なんだー!って自分を嗤う日々。

読みたい漫画も、ゲームもたくさんあるのに、

時間をうまく使うことができない。

 

数年前から、土日が起きられなくなった。

一日中、本当に一日中寝ていられるのだ。

 

この間、病院の先生に言われた、

「弱音が吐けるって、健康な証拠だ」と。

弱音がうまく吐けなくて、ツイッターにぶちまけてしまって

後悔して自分を責めて他人を避けて、

それでもツイッターに愚痴を吐くことをやめられない私に、

何人かの友人が優しい言葉を掛けてくれたから。

だから、がんばれます、って言ったら、そういった。

 

そうだよね。

みんな弱音が吐けなくて、苦しくなって病院に行ってて、

私は愚痴をこぼしながら病院に行っている。

そりゃ健康だって言われるよ。

 

なんだ、私、健康なんだなって拍子抜けした。

これが「甘え」ってことなのか、って。

私は甘えてるだけなんだって。

余計に自分がクズなんだって認識せざるをえなくなって

とてもつらい。

 

じゃあもう病院なんて行かなくていいよねってなっちゃうよ。